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 三島由紀夫「文化防衛論」


   三島由紀夫「文化防衛論」
   
   (最終章「文化概念としての天皇」)

   備忘メモ

メモ1

 現行憲法の象徴天皇制について

 佐々木惣一の所論
 1.国体は根本的に変更された
 2.政治の様式から見た国体の概念と精神
   的観念より見た国体の概念とを峻別す
   べきである

 和辻哲郎の反論(昭和22年)
 前者は政体概念で充分。後者の意味での
 「国体」は変更されていない

 三島の和辻論への意見

  1.民主主義と天皇との間の矛盾を除去
    しようとする理論構成上、和辻が
    「文化共同体」としての国民の概念
    を力説していることは注目される

  2.さらに和辻が天皇概念を国家(概念)
    とすら分離しようとしている点に着目
    国家が分裂しているときにも国民の
    統一が失われなかったから、その統
    一は政治的統一でなく文化的統一で
    あった。歴史的事実における統合の
    象徴としての文化共同体の象徴概念
    であるがゆえにこそ、変革の理念た
    りえたという点は示唆的である。

 メモ2

 和辻哲郎の「象徴」概念

  天皇は日本のピープルの全体としての統
 一者であったが、それは主体的な全体性で
 あって、対象的に把握することができない
 ものであるがゆえに「象徴」によって表現
 するほかはない

 三島の、和辻論を踏まえた上での論及

  和辻が危惧した、象徴であるはずの天皇
 が、民主制を守るといった政治的国体護持
 といった方向に変換される可能性が現実の
 ものとなっていることに愕然とさせられる。

 津田左右吉の皇室の文化上の地位とそのは
 たらきについて

  皇室は日本の地理的特性から異民族との
 接触において、上代には文化交易の要とし
 て在した。また学問や文芸により文化の担
 い手としてもその後も日本の中心 をなし
 てきた。そのことが国民の皇室崇拝に大き
 なはたらきをしているが、ひとつにはそれ
 は皇室が政治から離れたことにもよる。日
 本の天皇を政治的観点からのみ見るのは間
 違いである。

 三島は津田の皇室文化への論級に好意的で
ある。

 メモ3

 丸山真男の天皇制論の部分

 1.天皇を中心におき万民が翼賛するとい
   ったいわば価値の無限の流出は、同心
   円の中心が点でなく、その縦軸の無限
   性(天壌無窮の皇運)によって担保さ
   れている。

 2.わが国には天皇制国家に内蔵するイデ
   オロギーとして「私的」なものが端的
   に私的なものとして承認されたことが
   なく、私的なものは悪であり後ろめた
   さを伴っていた。特に営利とか恋愛の
   場合そうである。

 天皇統治の変質に対する三島の論及

 三島によれば、言論の自由の見地からも、
丸山の言う天皇統治の無私の本体的性格から
も、最も恐るべき理論的変質がはじまったの
は大正14年の「治安維持法」以来である。
この法律は、国体の変革の禁止と私有財産制
度の否認を並列的に規定することによって天
皇の国家を私有財産制や資本主義と同義語に
してしまった。

 明治憲法国家の天皇制機構はますます西洋
的な立憲君主政体へと押しこめられて行き、
政治的機構の醇化によって文化的機構を捨象
して行ったがために文化の演繹的機軸である
ことを失った。

 時間的・空間的連続性を持つ文化の全体性
に見合うだけの唯一の価値自体として天皇の
真姿である文化概念としての天皇に到達しな
ければならない。

 メモ4

 みやびの連続と断絶

 ここで三島は建武中興が後醍醐天皇によっ
て実現したとき、それが政権の移動のみなら
ず、王朝文化の復活を意味していたとして、
文化連続性の証として「増鏡」の、後醍醐天
皇が隠岐の配宮で父後宇多院の面影を夢に見
たのを、源氏物語の光源氏が須磨で父帝の夢
を見たのになぞらえている部分を抜粋する。

 文化概念としての天皇性

 時間的連続性→祭祀につながる
 空間的連続性→時には政治的無秩序をさえ
容認するにいたる
 宮廷の文化的精華としてのみやびはまた国
と民族を非分離に回復せしめる変革の原理と
して作用した。
 明治憲法による天皇制は祭政一致を標榜す
ることによって時間的連続性を充たしたが、
政治的無秩序を招来する危険のある空間的連
続性にはかかわらなかった。

 戦後の占領下で天皇は文化とは相関わらな
くなり、文化概念たる天皇・文化の全体性の
統括者として左右の全体主義に対抗する唯一
の理念としての復活はなかったかくて文化の
尊貴は損なわれ、復古主義者は単に政治概念
たる天皇の復活のみを望んできたのであった。

 保存された賢所の祭祀と歌会所の儀式、大
嘗会・新嘗祭のなかでかつての天皇の姿は伝
承されている。

 メモ5

 みやびと月並

 ここで三島は「みやび」という言葉を多用
している。宮廷風の優雅でありことに和歌に
よって普遍化された文化は、宮廷詩の「みや
び」のみならず、幽玄・はな・わび・さびな
どを通し民衆詩の「みやびのまねび」として
受け継がれた。

 三島はこの部分で「月並」という言葉も多
く使っている。これはみやびの流れと断絶し
文化概念としての天皇・文化の全体としての
統一者としての天皇からかけ離れてしまった
近代以降の皇室の文化的行事の伝承に対する
表現の中で「高貴と優雅と月並」といったよ
うに微妙な言い回しで使われている。

 メモ6

 「文化防衛論の結論」

 三島はここで「菊と刀の栄誉が最終的に帰
一する根源が天皇であるのだから、軍事上の
栄誉もまた、文化概念としての天皇から与え
られなければならない」とし、現行憲法下法
理的に可能な方法だと思われるとして

1.天皇に栄誉大権の実質を回復し、

2、軍の儀仗を受けられることはもちろん、

3.聯隊旗も直接下賜されなければならない

 と述べている。また

 象徴天皇制を圧倒的多数を持って支持する
国民が、同時に、容共政権の成立を容認する
かもしれない。そのときは、代議制民主主義
を通じて平和裡に、「天皇制下の共産政体」
さえ成立しかねないといったことをことを現
実的に危惧している。

1.このような事態を防ぐためには、天皇と
  軍隊を栄誉の絆でつないでおくことが急
  務であり、その他に確実な防止策はない

2.こうした栄誉大権的内容の復活は、政治
  概念としての天皇をでなく、文化概念と
  しての天皇の復活を促すものでなくては
  ならぬ。

   何故なら、文化の全体性を代表するこ
  のような天皇のみが窮極の価値自体だか
  らであり、天皇が否定され、あるいは全
  体主義の政治概念に包括されるときこそ、
  日本の又、日本文化の真の危機だからで
  ある

  と、「文化防衛論」を結んでいる。

2009/02

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