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「夢の中の永遠」(3)


「夢の中の永遠」(3)


 れもんは消えてしまった。れもんは最初か
らいなかったのだ。れあもんという、悪魔を
名乗る男に、僕はだまされていた。しかし、
本当のところあいつは何者なのだ。ふと我に
帰ると僕はあわててまた「牧羊ネット」にア
クセスした。

 れあもんはログオフしたらしい。チャット
ルームを覗いたら今度はシスオペさんが待機
していた。とりあえず、僕はあいさつした。

 「こんばんわ。お世話様です」

 「あっ、帰ってきたんですね。お元気です
か? 種明かししましょう!」

 「えっ、種明かし?」 

 「突然ですが、このネットは今日で閉局で
す」 

 「なんですって」

 「わっはっは。わたしのようなシスオペじ
ゃあ、閉局は当然です」 

「なにを言ってるんですか。シスオペさんは
御苦労の末にこのネットを」

 「そう言われると辛い。実は、れもんは私
なんですよ。れあもんの正体も」

 「えっ、まさか」

 「私はホストマシンのキーボードでしゃべ
っていますが、れもんやれあもんはホストマ
シン直結のノートパソコンのキーボードでし
ゃべっていたんです」

 「ここは多回線じゃなかったんですか」 

 「ううむ、ソフトも多回線用だし、RSイ
ンターフェイスも多回線用ボードを使用して
ある。しかし、貧乏人の悲しさ、そこまでそ
ろえたら金がなくなって、電話回線を増やす
ことができなかったんです。それでソフト上
で三回線にして、ノートパソコンでログイン
していたんだ。それが『れもん』ちゃんなん
だよ」

 「ひどいことを」

 「いや、最初は『れもん』はすぐ『れあも
ん』に変身するはずだった。私もまさか自分
が二十才の女性を演出できるとは思っていな
かったのです。最初、私はみんなが芝居に気
づいて調子を合わせてくれているものだとば
かり思っていた。結局、私はシスオペなどや
るにはあまりにもパソコン通信の世界のこと
を知らなさ過ぎた。

 例えば新聞記事で、大手のネットなんかで
も一部の男性会員が女性のハンドルネームで
チャットをやって楽しんでるというようなこ
とを読んだことがある。

 それでこんなことはある程度周知の事実と
して行われているのだろうと思いこんだ。少
なくともみんなが、半信半疑ながらも芝居に
つき合ってくれているのだと思った。

 すぐに正体を明かせば良かったのだが、そ
のうち私もなんとか『れもん』を現実のもの
と思わせたくなってきたのだ。それで、い
ろんな回線かられもんをログインさせたり
(これはRSインターフェイスボードのコネ
クタを差し替えるだけで可能だった)わざわ
ざチャット中に他の会員の前でれもんと喧嘩
したりしたのだ。

 明るい女性会員の存在を信じて、多くの会
員が相乗的に加入してきた。掲示板もチャッ
トも利用者が増えていった。

 そのうち、みんながまぎれもなく本気で『
れもん』の存在を信じ込んでいるのを知って、
自分がとんでもないことをやっているのに気
づいた。

 私を信頼してこのネットのために一生懸命
に書き込みをやってくれた会員の皆さんに大
変すまないことをしたと思っています」

 なんということだ。「れもん」も「れあも
ん」もシスオペのひとり芝居で、僕は完全に
踊らされていたんだ。僕はとても冷静ではい
られなかった。

 「貴方は、パソコン通信の世界で絶対にや
ってはいけないことをやったんですよ。
 ホストを管理する人間がそのシステムを利
用して会員をからかうなんて、僕たちは許し
ません。シスオペというのはみんなのプライ
バシーを守り、ネット内のいろんな問題を解
決しながら、誰よりも責任を問われる仕事を
やってると思われている、それだからこそ信
頼されるんです。
 僕はともかく会員はみんな貴方を信じて、
このネットを盛り上げていこうと一生懸命や
ってきたんじゃありませんか」
 
「『パソコン通信』というのは、当初私が考
えていたものと全く違っていた。私はこのメ
ディアを通じて自分を表現したかったのだが、
それは間違いだったらしい。
 迷惑をおかけした会員のみなさんになんと
いってお詫びすればいいのか、言葉もありま
せん」

 「とても残念です」

 ログオフしてしばらく僕は放心状態だった。
それでも、何か言い忘れたことがあるような
気がして、もう一度そのネットにアクセスし
たが、回線は繋がらなかった。

 もう二度とあのネットには入れないんだろう
なと僕は思った。

 確かにシスオペさんはパソコン通信という
メディアを通じて僕らと「生命」を語り合い
たかったのかも知れない。しかしその結果が、
会員たちを弄んだことになったのだ。

 「れもん」は実際には存在しなかったのだ。
ひととき、あれほどまでに強い存在として僕
の前に確かにいたはずの彼女は「いなかった」
のだ。

 それにしても、では「マサル」はどうだっ
たんだろうか。僕自身は本当に存在したんだ
ろうか。

 いま、自分自身がここに「いる」というこ
とがわからなくなってしまう。パソコンとモ
デムで結ばれたオンラインの背後にこそ本物
の悪魔が潜んでいると僕は思わずにはいられ
なかった。

 (ぼくはこの文章をパソコン通信の世界で
公表します。それが、これからパソコン通信
を始める人たちに必要だと思うからです。ぼ
くは将来、「オンラインの悪魔」と戦いなが
ら、本当に楽しい会話型のネットを自分で開
局したいと思っています)

 「マサル」の文を読んでいる最中にも喫茶
店には幾組かの客が入ってきた。読み終えて、
おれはあらためてパソコン通信の深い世界を
覗き込んだ様な気がした。

「マサルさんは、あなたのネットのことで、
パソコン通信の世界に不信感を持たれ、それ
を『悪魔』と表現されたようですが、あなた
は生命の尊厳といったことを今の若い世代と
語りたかったわけですね」
 「そうなんです。われわれが青春時代にい
ろんな文学書等を読んで感動したことなどを
思うと、今の世代は驚くほど本を読まないし、
なにか深い思索のようなものを避けて通って
いるように思うんです」

 「もっともあなたがおっしゃったよ
うにまだパソコン通信そのものが公認のメデ
ィアとしてルールを獲得していない面もある
し、若い人たちはゲームとしてこのメディア
を利用しようとしている。そういった現状で
はそれは仕方のないことではないのでしょう
か」
 
 「それはそうなんですがね‥・ 」

 「で、牧羊ネットはこの時にやめられたん
じゃあなかったんですか」

 「いったん店を畳んで多回線ボードなども
人手に渡しました。しかし単回線ならいつで
も開局はできるし、あの頃のことを思い出し
ながらダミー会員をつくってひとりで遊んで
いるときにあなたがアクセスしてきたんです。
 多分、以前開局中に出したネットの宣伝が
今も季刊のパソコン通信の雑誌などに載って
いますので、それを見られたんでしょう」
 「ええ、あの雑誌を見て、自分のうちのす
ぐそばにBBSがあるのを知って、さっそく
アクセスしてみました。なにしろ始めてなも
ので、大変ご迷惑をおかけしましたが、なん
とかパソコン通信というものを覚えました。
しかし、あの会員の方たちが全部ダミーだと
は思いもよりませんでした」
 
「わたしも閉局後なんとなく寂しくて、時々
ああして遊んでいたんですが、なにしろ回線
を繋がないとソフトそのものが立ち上がらな
いものですから、実際に第三者がログインす
る可能性はあったんですね。あなたがログイ
ンして、入会登録されているの知って、わた
しはお断りしなければと思ったんです。しか
しなんとなくそれができなかった。その後も、
あなたがMSDOSのことや通信のことでわ
からないことを聞いてくれるのが正直言って
うれしかったんですよ。それでまあ、もうち
ょっとこの状態を楽しもうと思ったんです」

 おれとしてはただ、確実にいると思ってい
た人たちが、実は作られた存在で現実にはい
なかったということが信じられない気持ちで
あった。それまでいると思っていた存在が突
然消え失せたことが、なにか気持ちの悪い不
安感となってまとわりついてきた。

 しかし冷静になってみると一方的に相手を
怒ってしまうにはたしかにこちらにも負い目
がありすぎるようだ。相手の無償の親切で、
こちらが得る事のできた知識やノウハウがあ
まりにも大きいし、ダミーの件にしても相手
としては、通信を始めたばかりのこちらを失
望させないためにしかたなく続行させた面も
あるだろう。おれは完全に言葉を失ってしま
った。



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