記事一覧

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「夢の中の永遠」(2)


「夢の中の永遠」(2) 

 オフミーティングの会場は駅前の喫茶店だ
った。一階が銀行であるビルの地下に降りて
いくと明るい店内がカウンター越しに見渡せ
る小ぢんまりした店である。

 客席には一人だけ、大柄で腹の出た男が座
っていた。ボードの内容を思い出し、これが
牧羊ネットのシスオペと判断できた。

 おれは、はにかみつつも笑顔で迎えてくれ
る相手に、ありきたりではあったがこれまで
の礼を述べた。そして、ふと胸中に沸いた疑
問を口にした。

 「わたしが一番乗りなのでしょうか。ほか
の会員さんは、これからですか」

 「いえ、これで全部です」

 「ほかは誰も来ないんですか」

 「いえ、うちの会員はこれで全部なんですよ」

 何が何だかわからなかった。目を丸くして
相手の顔をじっと見た。

 シスオペは、なおもにこにこする姿勢を崩
さなかったが、ふと視線を落としてつぶやい
た。

 「わたしのネットの、あなた以外の会員は
全部わたしの独り芝居なんですよ」

 おれは唖然とした。そして相手の顔を見続
けた。するとあの女性会員のSも、いつも書
き込みにレスポンスをくれたAも、独特のユ
ーモラスなログをアップするKも、実はみん
なこのシスオペのダミーだっというわけか。

 「あなたに、からかわれていたんでしょう
か」

 「いえ、そんなつもりではなかったん
です。でも、わたしはまたもや以前と同じ間
違いを繰り返したようです。ご迷惑をおかけ
しました」

 シスオペはとつとつと語り始めた。

 「本当に申し訳ないことをしました。じつ
は以前にもわたしはネットをやっていたんで
す。わたしの夢は若い人たちがわたしのネッ
トに入ってコミニュケーションを発展させな
がら会話型の楽しい世界を築いていってくれ
ることだったんです。

 そのうちアクセスしてきて入会登録をする
人が少しずつ出てきたんですが、なぜかあま
り書き込みをしない。
 まあ、ご存じかも知れませんがこの地域に
は草の根BBSが乱立してるといってもいい
くらいで、若いシスオペたちが少しでも多く
の会員を集めようとしのぎを削っているんで
す。わたしのところなどには、ほとんど人が
集まらない。

 ところが、あることを契機に若い会員が随
分集まるようになりました。
 その経過やこのあと起きたことに関しては、
当時会員だった若い方のメールを読んでいた
だくと良くわかると思うんです。これは最近、
大手ネットのメールボックスでわたしあてに
送られてきたものです」
 おれは印刷された紙の束を受け取った。正
直言って、こういった場であまり長いものを
読まされるのは気が向かなかった。だが、そ
れを断って席を立つことはそれなりに勇気の
いることだ。仕方なく、読み始めた。

  -----

『牧羊ネット』の、もとシスオペ様

 (今度のことを僕はなんらかの形で残して
おきたいと思いました。それで下記のように、
僕自身の感想めいたものを交えながらまとめ
ました。
 チャットの記録に関しては余分なものを取
り除いてたり、いくつかのやり取りをひとつ
にまとめたりしていますが、 内容に変更は
ありません)


 僕たちが「れもん」の名をはじめて目にし
たのは、去年の四月頃だったように思う。た
ぶんゴールデンウイークを控えているにもか
かわらず旅行の計画さえなく、暇で仕様がな
い時期に、僕はそのネットにアクセスしたの
だ。
 そのNETは三月に開局したばかりで四十
代半ばになるシスオペさんは、まだパソコン
の操作もおぼつかない人であるらしい。若い
他のネットのシスオペにオンラインでノウハ
ウを教わりながら、一生懸命勉強して開局さ
せたということだ。

 草の根もいいとこ、最初はハードディスク
もなく、もちろん単回線でスタートさせたが、
案の定、あまりぱっとしたネットではなかっ
た。
 僕も友人に教わってアクセスし、入会登録
はしてはいたが、もっぱらさっとログを読む
だけで書き込みはほとんどせず、正直言って
あんまり興味も持てず、忘れかけてたのだ。

 久しぶりにログインしたこのネットは三回
線に(なっていた)。四十メガとはいえ、ハ
ードディスクも装備され、ボードも拡張され、
「文芸コーナー」なども設置されていた。も
っともそのコーナーにはほとんど書き込みが
なかった。

 シスオペさんは若い頃、仲間と集まってガリ
版刷りの同人誌を発行したりしていたらしく、
どうやらその感覚でBBS運営も始めたらし
い。しかし会員の方としてはそんな意図など
完全に無視しフリートーク中心の楽しい会話
型ネットを作っていっているのだ。 

 メニュー画面に向かって回線の使用状態を
見る「W]コマンドを実行した。これでシス
オペさんや、他の会員がログインしているか
どうか知ることができるのだ。

 そこには「マサル」という僕のハンドルネ
ームの他に「れもん」というハンドルが表示
されていた。

 僕は「れもん」というハンドルを見て一瞬
心がときめいた。女性会員だろうか。
 草の根BBSには女性の会員が極めて少な
い。
 ちなみに僕は女性会員とチャットしたことが
まだなかった。さっそく、すぐ相手に届く一
行メッセージ「電報」を送ったのだ。

 「はじめまして。マサルでーす。よろしく
ね」

 すぐに返事が来た。

 「はじめまして、れもんでーす。チャット
しない?」

 女性からチャットの誘いが来るなんて、な
んてついてるんだ。僕はあわててチャットル
ームに入ろうとしてコマンドを間違えて入力
し、メニュー画面が繰り返しスライドするの
にじれてしまった。

 やっとチャットルームに入いれたとき、れ
もんは先に入って待っていた。

 「ハロー、こんばんわあ。はじめましてえ」 
 
 「どうも、はじめまして」

 「わたし、最近入会したんですけど、マサ
ルさんはどうなのかな?」

 「僕はID見てもらえばわかるんだけど十
番台で最初の頃。でも、ほとんどアクセスし
ていません。書き込みなんかゼロ」
 
「きゃはは。あんまりマジメじゃないのね」 

 他人が読んだら馬鹿みたいだと思うだろう
が会話型ネットのチャットなんてこんなもん
だ。結構軽い乗りで、旨くいきそうだな、と
僕は思った。
 
 このネットはチャットに1時間という制限
を設けていた。僕はれもんが自動的にログオ
フさせられるまで、チャットですごしてしま
った。

 何というか、たわいもない会話ばかりだっ
たのに、あっという間に時間がすぎて

 「あ、もう時間よ、落とされるわ、それじ
ゃ明日もね」

 別れの言葉が、会話の流れを突然遮断して、
れもんは僕の前から消えてしまった。すぐに
僕もログオフしたが、電源を落としたパソコ
ンの周りで「明日もね」という言葉が、いつ
までも部屋の中を飛び回るのだった。


 翌日も同じ時間に僕はこのネットにログイ
ンした。この日はシスオペさんとれもんがチ
ャットしている最中で、会話の邪魔をすると
悪いので遠慮しようかと思っていると画面に
「電報」が表示された。

 「れもんさんが待ってるよ。ボクは忙しい
のであとはおまかせ」 チャットの最中にも
Wコマンドで他の回線からログインしたのが
わかるのだ。

 この日も僕はれもんがタイムオーバーで落
とされるまでチャットルームにいた。

 れもんは僕よりひとつ下で二十才だという。
昼間ファーストフードでアルバイトをしなが
ら夜は大学に通っているとのことだった。

 郷里は北海道で、父親がいるが、母親は彼
女が高校の時、病気で亡くなったという。僕
はなんだかとてもれもんに、会いたくなった。
 
 「こんど、二人でオフミやらないか」

 「いいわね、れもんもマサルに会いたくな
っちゃった」

 「渋谷あたりでもどうかな?」

 「きゃほー、一度行きたかったもん」

 「いつ頃がいいかな?」

 「ちょっと待ってね、えっと、うーん、夏
休みまで無理だなあ」

 「じゃあ、夏休みまで待つよ」

 (なんだって、夏休み?随分先だなあ)と
思いつつつも、二度目のチャットでデイトの
約束まで出来たことは充分満足のいく線だと
自分に納得させた。

 なんか都合よくいきすぎている、という気
持ちは僕にはなかった。チャットの軽い乗り
がうまくはまる時ってこんなもんかもしれな
い。

 それからというもの僕はれもんのことで頭
が一杯になったが、そのネットに毎日ログイ
ンするのもなんかもの欲しげでみっともない
気がして二・三日おきに入っていくことにし
た。れもんはその時間にはいつも必ずいてチ
ャットが弾んだ。

 しかし、三回線なんだからチャット中にも
うひとり入ってきてもよさそうなのに、一度
もそれがなかったのも不思議だった。

 れもんはフリーボードでも活発に書き込み
を行った。ほとんどが会話型の短いログの応
酬で、結構他のメンバーともチャットしてい
る様子がうかがわれた。

 中学三年生の会員の書き込みに

 「れもんに電報でオンラインキッスしても
らった」などというのがあり、僕はどきっと
した。れもんは誰とでもそういう風に気安く
チャットの相手をしたり、なんか過剰なサー
ビスを振りまいたりしているんだろうか。

 僕は少し胸が締め付けられるような思いが
した。実際に会ってもいない相手にそんな風
になってしまうもんだろうか。

 ある日、僕はフリーボードに最近感じてき
た疑問について書き込んだ。
 それはこのネットにログインして会える会
員が、シスオペさん以外には、いつもれもん
しかいないことだった。

 以前なら全然流行ってなかったネットなの
で、ログインする会員が少ないのに疑問は感
じなかったのだが、ここのところれもんのお
かげでこのネットは結構栄えている。

 "busy"が出て話し中の時もあるのにログイ
ンすると誰もいなかったりする。なんか変だ
な、というのがその書き込みの主旨だった。

 ところが、この書き込み以来、僕はれもん
にネットで会えなくなった。いつもの時間に
来ると必ずいたれもんにはこのネットでは会
えなくなったみたいだった。

 一説によると他の会員とここのシスオペさ
んとれもんの三人でチャット中に、れもんが
シスオペさんのことを「中年は説教臭くて嫌
いだ」と言い出したらしい。

 それで「パソコン通信に年齢のことは関係
がない」というシスオペさんと喧嘩になり、
あげくの果てに「二度と来ません」と言って
ログオフしていったという。

 もともとれもんはシスオペさんと仲が悪く、
チャットでは他の会員の前でもしょっちゅう
喧嘩していたらしいということも、初めて知
らされた。

 他のネットで彼女を見かけたという会員も
いて、みんなそちらにれもんを探しにいった
のか、ここはたちまちにして寂れ果ててしま
ったようだった。

 僕も十日余り毎日同じ時間に来たが、れも
んがいないのでは身をもてあまし、すぐにロ
グオフした。

 だが‥・
 その日も僕はとりあえずちょっと覗いてみ
ようと思いこのネットにログインした。

 最初に回線接続状況を見て、れもんのID
を見つけた。しかしハンドルネームが「れも
ん」ではなく「れあもん」となっていた。と
りあえずチャットルームに入ってみよう。  

 「れもんかな?」

 呼びかけたのに返事がなかなか返ってこな
い。僕は疑問の言葉を入力した。

 「ハンドルネーム、変えたの?」

 「ふっふっふ」

 「どうしたのかな?」

 「馬鹿ものめ。私を本当に女だと思ってた
のか」

 「へっ?」

 「まんまとひっかかってくれたな」  

 「え? 本気?」

 「とんまな奴だ」

 「あなたは誰だい」

 「俺は悪魔だ」

 「あ、あくま」

 「おれはこの前までMに取り憑いていた史
上最大の悪魔れあもん伯爵だ」

 「Mって、あの、連続幼女殺害事件の犯人
ですか」 

「そうだ、あいつに殺人を犯させたのは俺だ。
ところでお前はMをどう思う?」

 「私はオタクじゃないけど、Mはそんなに
特別に異常な人間ではなかったと思う。
 誰もがあんなになってしまうわけではない
が、誰にもああなってしまう可能性があるか
もしれない」

 「ふむ、わりとまともな感想だな。
 お前たちはみんなそうなんだ。幼女の命が
奪われたことにこぞって非難を投げかけるが、
決して深く考えはしない。
 いわば幼女の命という絶対的な正義の立場
でMを非難するか、逆にMを自分に近い存在
として擁護しようとさえする。
 どちらも大きな間違いだ。俺はお前たちが
『生命の尊厳』をどこまで信じているか試し
に来たのだ。
 だがお前たちはそろいもそろって腰抜けの
オタクぞろいで、誰も『生命』を救おうとし
なかった。そのことでお前たちは永久に闇の
底に墜ちたのだ。だが、誰もそのことに気づ
きさえもしない」

 僕は最初、もしかしたら「れもん」がふざ
けて「れあもん」を演じているのかと思って
いた。
 しかしここまでのチャットで、その可能性
に対する期待を放棄してしまった。
 相手は少なくともこの前までのれもんでは
ない。

 正気かどうかさえもわかりかねたが、判断
する冷静さも持てないまま、いつの間にか相
手のペースに引き込まれていた。

 「盗人たけだけしいというか、殺人者たけ
だけしいという奴ですね。あなたがMにとり
ついて幼女を殺させたのなら、そんなあなた
が『生命』について人を非難するのは変です
よ」
 「ええい、黙れ!あの事件のニュース
が出た頃、マスコミはこぞって『幼女』の生
命を奪う憎い奴と騒ぎ立てた。
 そうした『作られた生命観』の押しつけに
お前たちはうんざりしてしまったのだ。
 その結果、もはや誰も本当に『生命』を考
えようとしなくなった。
 俺の与えた最後のチャンスをお前たちは放
棄したんだ」

 「『お前たち』って、誰のことですか。あ
なたはなんか勝手な思いこみで、自分で一方
的に誰かを悪者にしたたてて、責めてるんじ
ゃありませんか」

 「ふん、しらばくれてやがる。まあいい。
それだけじゃない。お前たちの次の失敗は決
定的だった。Mが逮捕されたとき、お前たち
は新聞の『裏づけのない報道』を非難し、警
察の誤認逮捕に抗議した。
 しかし、どうやらそれが誤認でないと知る
否や、突然M擁護を始めたのだ。
『そりゃあ、彼はとんでもなくオタクかも知
れない。しかし、彼は我々からそう遠くない。
誰でもああなってしまう可能性はあるんだ』
 そうしてお前たちはついに生命について本
気で考える機会を投げ捨ててしまった」

 「幼児の生命を奪っておいて、他人を責め
るとは何という」

 「俺は幼い彼女たちを神よりも愛した。彼
女たちの骨の一部をビデオに収めたのはそれ
を表現するためだ。
 あのカメラアングルには最高の愛を込めた。
しかし残念なことに、あのビデオテープは裁
判資料でお蔵入りだが」

 「悪魔が神を口にするとは」

 「はっはっは、神は幻想だが悪魔は現実な
のだ。
 いいか、この地上で幼い子どもたちが戦争
や飢餓によってこの瞬間にも次々に信じられ
ない不幸や悲しみを背負いながら死んでいっ
ているのだ。
 神が本当にいるならば、どうして罪もない
子どもたちが残虐にさらされながら死んでい
くのだ。人は言う。そうした試練を受けた子
どもたちこそ真っ先に天国で神の御胸に抱か
れ天使になれるのだと。冗談じゃあない。
 そんな生を与えるなんて、神は人をただ弄
んでるだけなんじゃあないか。俺は彼女たち
を永遠に滅びることのない愛の対象として映
像化してやったのだ」

 「それで……」

 「なんだ?」

 「れもんは、いなかったんですね」

 「うむ、それにしても、みごとにひっかか
ったな」

 「信じられない」

 僕の中は多分ボーッとしていた。この場か
ら逃げ出したいような気持ちになっていたか
もしれない。

 にもかかわらず、なんか金縛りにあったよ
うだ。また逆に、変な明晰さも一部に残って
いて、この事態の進行にかかわり合っていた。

 いま行われているのは、そしてここ数週間
あったことは現実なんだろうか。

 しばし呆然と空白の時を過ごしたのち、僕
は相手にことわることもできないままログオ
フしてしまった。


スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。